武蔵国 一之宮 小野神社

  一之宮とは、中世に全国的に確立した、国内における神格の格付けで、国内第一の鎮守という意味です。
南北朝時代に成立した『神道集』の記載にも『一宮は小野大明神』という記載が見られ、一宮=小野神社(当社)であることが確認できます。武蔵国内には一之宮小野神社(当社:多摩市)を筆頭に、二之宮小河神社(現・二宮神社:あきる野市)、三之宮氷川神社(さいたま市)、四之宮秩父神社(秩父市)、五之宮金鑚(かなさな)神社(児玉郡神川村)、六之宮杉山神社(横浜市緑区西八朔)が編成されていたことが分かります。(上図参照)
国司が任国に赴任した際には、国内の主要な神社を参拝したとされており、武蔵国の6つの神社もそうした神社であったのでしょう。特に一之宮は、国司が最初に巡拝したと考えられます。
  武蔵総社・六所宮(現・大国魂神社)の境内には、この6つの神社が祀られています。総社は、国内の神霊を一箇所に集めた神社で武蔵国の場合は、国府内にありました。六所宮の例大祭(くらやみ祭)では、境内に祀られている一之宮から六之宮の神輿が出御し、かつて6つの神社が六所宮に集結したようすを残していると思われます。
  一之宮から六之宮の位置は武蔵七党など武士団の分布に深くかかわっていると言われています。小野神社は横山党・西党、小河神社は西党、氷川神社は野与党・足立氏、秩父神社は丹党・猪俣党、金鑚神社は児玉党、杉山神社は横山党など、それぞれの武士団の影響下にあったと推測されます。

INFORMATION

2013年11月25日(月)9時55分〜10時30分
『若大将のゆうゆう散歩』(テレビ朝日)
聖蹟桜ヶ丘編で小野神社が紹介されました。


隋神門 武蔵国一之宮 小野神社

隋神門

 

お祓い・厄払い・病気平癒


小野神社では
人生には様々な禍事・罪・穢れなど起こることがあります。当社では神主が直接その禍事・罪・穢れについてお話を伺い、一件ずつ丁寧に人それぞれあなた様の御心を御祭神へお伝えし災厄抜除をご祈祷いたします。

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本殿

小野神社御由緒

一之宮之図   武蔵国一之宮 小野神社郷社一之宮之図(明治10年代/太田伊三郎氏所蔵)

当社は安寧天皇一八年二月初末の日御鎮座と伝えられ武蔵国開拓の祖神である天下春命(あめのしたはるのみこと)を主神として御奉祀申し上げて居る由緒ある神社である。御社名は上代此地の呼び名であった小野の郷に由来するものであるが其の霊験の灼かなる神社としてやがて朝廷の上聞にも達せられ数々の奉幣にも預かり元慶八年七月には正五位上の神階を授けられた。又、廷喜式が撰せられた折には武蔵国八座の一社として登載された。且つ国府の近在なることに由いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総社六所宮創建の砌には東殿第一次の席を与えられて一之宮と称された。然して当社の社伝には永承六年源頼義陸奥守に任せられて下向の途次其子義家と共に参籠され太刀一振りと詠歌一首奉納の事績が繙かれ吾妻鏡にも養和元年四月一宮は吉富井蓮光寺と併記され更に建久四年八月の刻印ある経筒の銘に一宮別当松連寺が記録されている。稍時代も下り安居院の神道集並に深大寺の僧長弁の私案抄を尋ねると当社は中世以来文珠菩薩を本地となした信仰も行われていた。斯くなる所此の近在は鎌倉末より戦国時代にかけて度々の戦乱や多摩川の氾濫があり当社にも多大の被災が及び衰微したが徳川二代将軍により造営再興された。続きを読む

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